見ただけの日と、1行書いた日の違い
最良の日と最悪の日を分けた最大の要因は、
「前進を感じられたかどうか」でした。
「前進を感じられたかどうか」でした。
動画も記事も見た。ためになった気がする。でも、次の日には何も残っていない。この差がどこで生まれるかを、実際に日誌で追った調査があります。
出典
Amabile & Kramer (2007) Harvard Business Review(のちに書籍 The Progress Principle)。7社26チームの専門職238名から、3年間で約12,000件の日誌を集めた調査。「最良の日」と「最悪の日」を分ける最大の要因は、その日に前進を感じられたかどうかでした。
https://psychologyofproductivity.org/inner-work-life-understanding-the-subtext-of-business-performance/
注意
Harvard Business Review は実務誌であり、厳密な査読学術誌ではありません。また原文(有料)には当たれておらず、要約経由での確認です。
前進の大きさは、ここでも主役ではありません。あったかどうかです。
見るだけでは、前進が発生しない
情報を受け取っただけの状態は、あとから見て「何をしたか」を指させません。指させないものは、記録にも記憶にも残りません。
1行書くと、そこにだけ「した」が発生します。内容の良し悪しは関係ありません。
評価される必要はありません。
存在すればいい。
存在すればいい。
いちばん効くのは「実際にやった」経験
出典
Bandura の自己効力感理論。自己効力感が育つ4つの源のうち、いちばん強いのは「遂行行動の達成(実際にやってできた経験)」とされています。
https://files.eric.ed.gov/fulltext/ED499094.pdf
注意:原著ではなく、原著を引用する教育学レビュー文書での確認です。
ランディーの「書く」カード
- 「今日いちばんどうでもよかったことを、1行で書こう」
- 「10年前の自分に、140字で近況報告を書いてみよう」
- 「思い出の曲を、1行だけ添えて誰かに渡してみない?」
どれも1行で終わります。長く書かせません。長さを求めると、書かない日が増えるからです。
そして「やった」を押すと、図鑑に残ります。指させるものが1つ増える——それだけの機能です。